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東京高等裁判所 昭和52年(行ケ)209号 判決

大阪市南区横堀七丁目六番地

原告

山本ミツエ

大阪市北区梅田町二番地

原告

松下幸次郎

右両名訴訟代理人

小原和夫

静岡市流通センター五番六号

被告

小倉屋株式会社

右訴訟代理人

朝倉正幸

外一名

主文

特許庁が昭和五二年九月一二日同庁昭和四一年審判第九二八〇号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

〈前略〉

第二 請求の原因

原告ら訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告らは、別紙(一)記載のとおり、将棋の駒形の五角形輪郭内に「小」の文字を分銅状に図案化して描き、その中心部に「小倉屋」の文字を地色と同じ色にして縦に抜き書きして成る登録第六九六四九四号商標(昭和三六年二月二八日第三二類「魚介類、海そう類、加工水産物、その他の加工食料品(ただし、加工穀物、こうじ、酵母、イーストパウダー、ベーキングパウダー及びその類似品を除く。)」を指定商品とし、登録第五七二五〇八号商標の連合商標として登録出願、昭和四一年一月二六日登録。以下「本件商標」という。)について、昭和四一年一二月二七日その商標権者たる被告を被請求人として登録無効の審判を請求したところ、特許庁は、同年審判第九二八〇号事件として審理し、昭和五二年九月一二日右請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同年一一月二一日原告らに送達された。

二  審決の理由の要点

〈中略〉

(二) 審決の判断

(1)  商標法第四条第一項第一一号該当の有無

「小倉屋」の屋号は、多いということはできないが、「小倉」の姓は、ありふれた氏姓であり、その姓の者が現在営業をしていなくても将来営業を始め、屋号を使用することも多くありうる。それらの者は、自己の営業について商号、屋号として自由に自己の姓に「屋」を付して「小倉屋」と称することができる。さらに、「小倉」の地名にちなんで「小倉屋」と称する例も多く見られる。以上のことを勘案すると、「小倉屋」は、ありふれた名称(屋号)ということができ、それのみでは、これを商品に付して使用しても何びとの業務に係るものか認識することのできない商標である。

そして、第二引用商標は、「久」の記号と「小倉屋」の文字を併記して成るものであるが、「小倉屋」の文字のみについては識別力を有しないものとして、この文字自体につき権利を要求しない旨を申し出ることにより、大正一〇年法律第九九号商標法第二条第二項の規定により全体として商標登録をされたものである。「権利不要求制度」は、現行法においては廃止されたが、商標登録制度上のその精神は何ら変更されていないから、本件商標も、駒形輪郭と分銅状の図形との結合したものを要部とし、これに「小倉屋」の文字を併記し、全体として商標登録をされたものである。

つまり、「小倉屋」の文字のみについては商標法第三条第一項第四号の規定にいう「ありふれた名称」に該当し登録することのできないもの、したがつて、独占排他権を有しないものといわざるをえないから、「小倉屋」の商号を有する者は、自由に自己の商標中に該商号商標を併記することができるものであり、この部分をもつて他人の商標登録を排除することはできない。

以上のことを総合すると、「小倉屋」の文字部分のみに着目して商標の類否を決することは相当でなく、本件商標と第二引用商標とは、自他商品識別の標識として需要者の注意をひく部分は「小倉屋」の文字部分ではなく、本件商標にあつては図形部分、第二引用商標にあつては記号部分にあるものと解するのが相当である。

結局、本件商標から一応「コマガタフンドーオグラヤ」の称呼を生ずるとしても、その称呼は冗長であり、かつ、前記理由から、「コマガタフンドー」の称呼を、同様にして、第二引用商標から一応「イリヤマキユーオグラヤ」又は「ヤマキユーヤグラヤ」の称呼を生ずるとしても、「イリヤマキユー」又は「ヤマキユー」の称呼をそれぞれ生ずることが多いということができる。しかしながら、本件商標、第二引用商標から単に「オグラヤ」の称呼を生ずるものとはいえない。

そして、第一引用商標からは「オグラ」の称呼を生ずる。

そうすると、本件商標は、引用の各商標と称呼上明らかに相違するものである。

次に、観念についてみると、本件商標は、「駒形分銅小倉屋」又は「駒形分銅」であり、第一引用商標は「オグラ」(氏姓、地名等)であり、第二引用商標は「入山久小倉屋」又は「入山久」である。本件商標と第二引用商標から「小倉屋」の観念を生ぜず、本件商標は、引用の各商標と観念上明らかに相違するものである。

さらに、外観については、その構成からして、各商標互いに明らかに相違する。

そうすると、本件商標は、引用の各商標と外観、称呼及び観念のいずれの点からみても明らかに区別することのできる非類似の商標であるから、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するものではない。

(2)  商標法第四条第一項第一〇号該当の有無

「をぐら昆布系友会」会員(特定の営業者としての氏名、名称については不明)において、「をぐら」「小倉屋」「をぐらや」の商標を使用していることは認められるとしても、請求人両名が該商標を使用しているとの事実は認められないから、請求人主張の商標が、請求人の商標として昆布加工食品に使用された結果、本件商標の登録出願前広く需要者間に知られていたものと認めることはできない。

したがつて、本件商標は、商標法第四条第一項第一〇号の規定に該当するものではない。

(3)  商標法第四条第一項第八号の有無

昭和四二年四月現在において、請求人山本ミツエの先代山本利助が、株式会社小倉屋昆布店、請求人松下幸次郎が、有限会社梅田小倉屋のそれぞれ社長であつたことを認めることはできるが、本件商標の登録出願時、両名が「小倉屋」の屋号(名称)を有していたと認めるに足りる証拠はない。

したがつて、本件商標の登録に当たり、請求人の承諾を受ける必要もなく、本件商標は、商標法第四条第一項第八号の規定に該当するものではない。

以上のとおり、請求人の主張はすべて理由がなく、本件商標は、その登録を無効とする限りではない。〈以下、事実省略〉

理由

〈前略〉

二そこで、原告ら主張の審決の取消事由の存否について考察する。

(一)  商標法第四条第一項第一一号該当の有無

(1)  第二引用商標は、商標中、「小倉屋」の文字自体について権利を要求しない旨の申し出がされており、〈証拠〉によれば、本件商標の連合する登録第五七二〇八号商標は、本件商標とほぼ同一の図形において分銅状の底部に「小倉屋」の文字を小さく左横書きして成るものであつて、同商標も、「小倉屋」の文字自体について権利を要求しない旨の申し出がされていることが認められる。右両商標は、右の権利不要求の申し出をすることにより、大正一〇年法律第九九号商標法第二条第二項の規定により、全体として商標登録をされたことになるが、権利不要求は、いわゆる禁止権放棄の意思表示として私法上の効力に関するものであつて、登録法上の効力、すなわち、登録商標と抵触する商標の登録を排除する効力を放棄するものではなく、登録された以上、権利不要求がされた商標でも類否の判断に当つては、商標を全体として比較検討すべきことは、一般の場合と異ならない。

(2)  ところで、〈証拠〉を総合すれば、加工昆布小売業の老舗「小倉屋」の創業者松原某から直接又は間接にのれん分けを許された者のみが相寄つて明治時代に「小倉屋系友会」なるものが組織され、同会は昭和三四年一一月三日から「をぐら昆布系友会」と改組されたこと(当時の会員四五名)、同会は、会を代表して会務を統轄する会長一名、これを補佐し必要なとき代行する副会長二名、会の庶務的事項を担当する専務理事一名、ほかに理事、会計、監事等を有し、事業計画、予算決算その他重要事項等につき議決、承認を行なう総会のほか、理事会、委員会をもち、第一引用商標、第二引用商標等の商標権の擁護、会員の営業の発展並びに会員相互の親睦及び福利の増進を目的とするものであり、会員及び会員を代表者として組織されている法人は右商標権について通常使用権を有すること、原告らはともに同会の会員であり、原告山本ミツエ(その先代は山本利助)は株式会社小倉屋昆布店の代表者であり、原告松下幸次郎は有限会社梅田小倉屋の代表者であること、原告らは第一引用商標及び第二引用商標の商標権者であること、少なくとも、大阪、近畿地方において、遅くとも大正一二年以降右会員が製造し販売する昆布加工品について「小倉屋」、「をぐらや」、「をぐら昆布」の標章が、その商品、新聞その他の広告に対して盛んに使用されて来た結果、第二次世界大戦前既にこれらの標章が著名なものとなつていたこと、戦中、戦後の食品統制による営業廃止を経て、食品統制の解除された昭和二四年頃から再び右標章を使用した昆布加工品が各市場に広く出廻り、遅くとも本件商標の登録出願時である昭和三六年頃には往時の著名度を凌駕するほどになり、当時これらの標章が右会員の業務に係る商品を表わすものとして取引者、需要者の間に広く認識されていたこと、東京都方面においても、前記株式会社小倉屋昆布店の製品であつて、「小倉屋」又は「をぐらや」の標章を付されたものが、遅くとも昭和三五年以前において既に取引者、需要者の間に広く知られていたことが認められる。

(3)  もつとも、〈証拠〉によれば、「小倉」は氏姓としてありふれたものであることが認められる。「小倉屋」は、右「小倉」に商人の表示である「屋」を一連に書いたものであるが、右〈証拠〉によれば、「小倉屋」の屋号を称するものは、ありふれているといえるほど多くはないことが認められ、前記(2)の昆布加工販売業界における取引の実情を考慮するときは、加工昆布の取引者、需要者にとつては、「小倉屋」、「をぐらや」の標章は、それのみで十分な出所の識別機能を有するものであるといわなければならない。

(4)  そして、本件商標は、文字と図形との結合したものであるが、その中央部に比較的顕著に「小倉屋」の文字が記されており、他の図形部分の態様が、五角形輪郭内に「小」の文字を図案化して、その中柱を分銅形に描いたものであるとはいうものの、直ちにその輪郭が駒形であり、またその中柱が分銅を表わしたものであるとは、「小倉屋」の文字部分ほど容易には理解できない。したがつて、前記(3)の「小倉屋」、「をぐらや」の標章の識別力、〈証拠〉に照らすときは、本件商標の文字部分が他の図形部分に比し看者の注意をひき、本件商標からは単なる「オグラヤ」の称呼を生ずる場合が多いといわなければならない。

(5)  他方、第二引用商標については、「小倉屋」の文字自体につき、権利不要求がされているが、同商標は「久」の記号と「小倉屋」の文字とが結合されたものであり、しかも「久」の記号の大きさは「小倉屋」の文字の一字の大きさとほぼ同じであり、前記(2)の昆布加工販売業界における取引の実情及び前記(3)の「小倉屋」、「をぐらや」の標章の識別力を考慮するときは、文字部分につき権利不要求がされていても、なおかつ、その文字部分のみから「オグラヤ」の称呼が生ずることが多いものといわなければならない。

(6)  そして、本件商標及び第二引用商標からはともに「オグラヤ」の観念が生ずることはいうまでもない。

(7)  つまり、本件商標は、第二引用商標とその称呼、観念を同じくするものであり、かつ、その指定商品も相抵触するものであるから、その登録は、商標法第四条第一項第一一号の規定に違反し、無効とすべきものである。〈以下、省略〉

(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)

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